アジア女性基金がのこしたもの:慰安婦問題のデジタル記念館設立=和田春樹【2008.06.03】(毎日新聞)

http://mainichi.jp/enta/art/news/20080603dde018040018000c.html

◇批判的検討の願いこめて
 昨年三月、アジア女性基金が解散してから、はや一年が経過した。基金が解散されたのは、政府と基金がともに、慰安婦被害者のための事業は可能なかぎり行った、これ以上は実施できないと判断したためである。
 実のところは、基金は中国、東ティモール北朝鮮の被害者に対してはいかなる事業も行いえなかった。事業を実施した韓国でも、ハルモニたちが基金からうけとったことが政府と世論によって公認されないままである。日本大使館の前では毎週水曜日、ハルモニたちをふくめた慰安婦問題の解決を求めるデモが今日もつづいている。つまり、基金は解散したが、慰安婦問題はなお解決していない。終わったのはアジア女性基金の時代である。
 アジア女性基金は解散のあとにデジタル記念館「慰安婦問題とアジア女性基金」を恒久的な施設としてのこした。インターネット上のヴァーチャル・ミュージアム(www.awf.or.jp)である。政府は平成一八年度予算からこの記念館設立のために四五〇万円を提供し、あとは制作スタッフの無償の奉仕で完成した。日本の戦争がアジアの人々にもたらした被害と苦痛、それに対する日本政府の謝罪、そして国民的な償いの努力に関する最初のナショナル・ミュージアムであると言っていい。展示は日本語でも英語でも見られる。
 玄関ホールには村山談話が掲げられている。第一室では日本政府とアジア女性基金慰安婦問題についてどのような認識に到達したかが示されている。慰安所はどうしてつくられたのか、慰安婦はどのようにして集められたのか、慰安婦の数、慰安所での生活が説明され、各国別の状況が述べられている。
 第二室と第三室では、アジア女性基金はどのようにして生まれ、事業をし、どのような結果をのこしたかを説明している。各国別にも事業が説明されている。基金をうけとった金田君子さん、ロサ・ヘンソンさんが自らの体験を語り、願いを述べているセクションもある。彼女たちの文章を読み、ビデオを見ることができる。基金に関(かか)わった政治家、官僚、基金メンバー、外国支援者のオーラルヒストリーも収録されている。とくにオランダとフィリピンの活動家の話は胸を打つ。第四室は基金ではない道の模索のあとを示している。国連機関で作成された報告、慰安婦裁判での訴状と判決文、慰安婦補償に関する立法案、国会審議の議事録を集めている。
 最後に文書庫がある。慰安婦関連資料集全五巻がここで閲覧できる。それとともに、基金活動の基本文書、フィリピン、オランダ、インドネシアと交換した覚書、三国が作成したアジア女性基金事業報告書などが公表されている。さらに基金の九八回の理事会の議事録、附属資料が一二年間の新聞切り抜きとともに公開されている。アジア女性基金の出版物も全点がここで読める。活動のビデオも三〇分もの一本が見られる。
 アジア女性基金は一二年間に事業実施経費だけで国費三五億円を使った事業である。事業の内容に対する批判も強かった。だからこそ、関係資料を最大限公開して、これを内外の批判的検討に委ねるのが記念館にこめた願いである。アジア女性基金はどこまでやって、どこに問題があったのか、のこされていることは何なのか、それを解決するにはどうすべきか、デジタル記念館を訪れて、展示と資料をみて、もう一度考えていただきたい。(わだ・はるき=元アジア女性基金専務理事、東大名誉教授)