【戯言戯画】「靖国 YASUKUNI」職人を舞台回し…表現以前の問題【2008.05.23】(産経新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080523-00000116-san-ent

 「虚構を用いずに記録に基づいてつくったもの。記録文学・記録映画の類」−。手元の辞書にそう書いてあったから、この映画の枕詞(まくらことば)に「ドキュメンタリー」とつけるのはやめよう。上映する、しない、が論議を呼んだ「靖国 YASUKUNI」だ。表現の自由や公費助成の是非などの話はひとまず置こう。作品以外の部分が注目されすぎて気の毒な気も…。観(み)てみるか。
 拍子抜け。延々と映し出されるのはどこかでみたような「靖国」。で、日本兵が刀で捕虜を斬(き)る(とされる)疑惑の写真で畳みかけるエンディングって…。この映画、プロパガンダの作り方入門だっけ。
 それでも、観てよかった。刀匠、刈谷直治さんの存在を知ることができたから。
 インタビュアーは、いろいろと質問を投げかけるけど、ちっとも噛(か)み合わない。刀匠は笑みを浮かべ、黙りこむ。沈黙の場面がひたすら続く。仕方ないだろう。いい刀を鍛えることだけに心血を注いできた職人なのだから。作為的な質問の数々は、彼が鍛えあげたひと振りの刀が放つ輝きの前に色あせる。
 「休みにはどんな音楽を聴きますか」と尋ねられ、「休み」を「靖国」と聞き違えた刀匠は、昭和天皇のお言葉が収録されたテープをかける。映像は嘘ではない。でもこれは虚構の類。
 映画にどんな主張があってもいい。でも、実直に職人技を守ってきた刀匠を都合のいい舞台回しに使うのはやりきれない。表現以前の問題だろう。(酒井潤)