『AERA』2008年4月21日号

靖国」李監督120分インタビュー
「出演は了承していた」

「上映見送り」から一転「上映」の映画館も。だが、今度は出演者をめぐって、一部政治家と監督側が対立。監督が本誌に製作の経緯などを語った。
 高知県に住むある老夫婦の自宅に、朝から記者がひっきりなしに詰め掛けたのは今月10日のことだった。
 静かに暮らしていた夫妻が急に注目を浴びたのは、3月27日の参院内閣委員会の有村治子議員(自民)の発言がきっかけだ。
靖国神社問題と交ぜ合わせて使われている自分の映像を、映画から一切外してほしいと夫妻が希望している」
 「映画」とは、上映を中止する映画館が相次いだ「靖国 YASUKUNI」。老夫婦は、映画で日本刀づくりを披露する刀匠、刈谷直治さん(90)と妻だ。
 「靖国」の手緩監督は、本誌に2時間にわたり、こう反論した。
 「刈谷さんとは何回もコミュニケーションを取りながら撮影を進めた。最終的には刈谷さんが作る刀が靖国神社につながることももちろん了承してもらっている。今になって削除を求められるのは、刈谷さんに何らかの圧力があったからに違いない」

 夫は黙って見ていた
 李監督の説明では、刈谷さんの撮影は2005年以降、高知を10回以上訪れながら進めた。刀の資料を一緒に見るなどし、刈谷さんの刀が軍刀だったことも共通認識としてあったという。
 昨春、出来上がった作品を見せたところ、妻は刈谷さんが登場する場面に不快感を示したが、本人は黙って見ていた。最終的には国際映画祭への出品やチラシにキャストとして名前を掲載することにも同意したという。
 「刀について、夫婦の認識は、大きく違っていた」(李監督)
 改めて刈谷さん夫妻を訪れ話を聞くと、たしかに妻は、
 「夫が作る美術刀剣の撮影かと思っていた。(作品を見た感想は夫と)全然違う。私は暴力や血がいやなので、この映画に主人の映像は使わないでほしいと監督さんたちに言ったことかあります。でも主人は、監督と助監督が作品を見せに来たときも、黙って最後まで見ていました」
 と話す。一方、口数の少ない刈谷さんは次のように答えた。
――靖国神社に関する映画ヘの出演だと知っていましたか。
 「知っていた」
――作品を見て問題があると思いましたか。
 「思ってないね」
――監督に自身のシーンの削除を求めたことは?
 「ない」
――今後削除を要求しますか。
 「いや」
 では、有村氏が「刈谷さんに確認を取った」とする「削除の要望」は、どこから出てきたのだろう。
 夫妻に確認すると、委員会の前に、妻は有村氏と話をしたが、刈谷さんは話をしていないという。有村氏は本人とも話したと主張している。
 有村氏はホームページで、夫妻に接触したのは、気持ちを変えさせる意図ではなかったと主張。内閣委員会という場での質問のために、伝聞ではなく、「自らの論証を正確にしていくための調査を重ね」る目的だった、と説明している。
 だが、李監督はこう憤る。
 「公開前に、しかも出演者に政治家が電話すること自体が『圧力』。こんな事態は日本映画史上初めてのことではないか」

 靖国の抱える深刻さ
 李監督は空気が変わったのは、3月12日に行われた国会議員向けの「上映会」直後だと感じている。文化庁によると、封切り前の作品を議員がまとまって見ることは前例がないという。事実、この直後から、上映を見送る映画館が相次いだ。
 議員らに上映会参加を呼びかけた稲田朋美衆院議員(自民)は、
 「(国側による750万円の)助成の妥当性だけを問題にした上映会なので、公開の前か後かはまったく気にしなかった」
 と説明する。だが、李監督は、
 「靖国神社を取り上げた映画のときだけ、公開前の議員上映会のような動きが出てくることこそが、日本が抱えてきた『靖国』という問題の複雑さ、深刻さを象徴している。政治家がここまで神経質になるのは、この映画によって靖国神社の存在が揺らぐと思っているからでしょう」
編集部 田村栄治

(K−K)