牛島司令官、千早隊に「遊撃戦」命令 米国で「訓令」発見【2008.06.15】(琉球新報)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080615-00000001-ryu-oki

 旧日本軍の沖縄守備隊第32軍の牛島満司令官が、沖縄戦終結直前、鉄血勤皇隊の情報宣伝隊(千早隊)の隊長に、組織的戦闘終了後も奇襲などをする「遊撃戦」により戦闘を続けるよう命令する「訓令」の文書がこのほど、米国国立公文書館で見つかった。牛島司令官による千早隊への同内容の命令が明らかになったのは初めて。大田平和総合研究所主宰の大田昌秀氏が発見した。当時、千早隊隊長が隊員に対し同様の命令をしており、大田氏は「現場の隊長の一存で命令が出たのではなく、軍隊の縦の関係の中で命令が出たことを示す貴重な資料」と話している。
 「訓令」は、米国国立公文書館の米第10軍の戦闘記録に含まれていた。鉄血勤皇隊の解散前後の1945年6月18日付で発令され、千早隊隊長の益永董陸軍大尉あてに「軍ノ組織的戦闘終了後ニ於ケル沖縄本島ノ遊撃戦ニ任スヘシ」と命じている。
 元千早隊員の大田氏によると、解散命令が出た千早隊は45年6月19日、糸満市の情報宣伝隊の壕の前で、益永大尉から「死なずに地下工作をするように」との命令を受けた。その際、牛島司令官から命令があったことは伝えられなかったという。
 大田氏は、4月24日から5月12日まで米国国立公文書館で資料収集し、牛島司令官の訓令を発見した。(内間健友)