「慰安婦」決議採択 米議会と日本の歴史問題(徳留絹枝さんのレポート)紹介

http://www.us-japandialogueonpows.org/CWresolution-J.htm

 米下院「慰安婦」決議に関して徳留絹枝さんが詳しいリポートを書いています。ぜひ、お読みください。(梁英聖)

慰安婦」決議採択
米議会と日本の歴史問題

                       徳留絹枝

慰安婦決議が先ほど採択されましたよ」筆者の長年の友人であるトム・ラントス下院外交委員会議長夫人アネットさんの電話の声は弾んでいた。筆者が関連の記事を書いていることを知っていた夫人が7月30日午後、真っ先に知らせてくれたのだ。

最終的に採択された決議案の文面は、以下のようなものだった。

(1)日本政府は、1930年代から第二次大戦中のアジアと太平洋諸島の植民地支配および戦時占領の期間において、世界に「慰安婦」として知られるようになる若い女性たちに対し日本軍が性奴隷制を強制したことについて、明確かつ曖昧でない形で、正式に認め、謝罪し、歴史的責任を受け入れるべきである。

(2)日本政府は、もし日本の首相がそのような謝罪を、首相としての正式な立場で公式声明として発表するならば、これまでの声明の誠実さと性格に繰り返し向けられてきた疑問を解決する助けとなる。

(3)日本政府は、日本軍のための「慰安婦」の性奴隷化と人身取引はなかったとする如何なる主張に対しても、明確かつ公式に反駁すべきである。

(4)日本政府は、「慰安婦」に関わる国際社会の数々の勧告に従い、この恐るべき犯罪について現在および未来の世代に対して教育すべきである。

マイケル・ホンダ議員により1月に提出されてから半年、これまで数回提出されながら廃案となってきた「慰安婦」決議が、今回初めて下院本会議で採択された理由は何だったのか。本稿では、決議案作成から採択までの背景、決議案を支援した人々、そして採択を実現させたラントス議長の横顔を紹介し、最後に今回の採択が日本に問いかけるものを考えてみたい。

学者チームの貢献

ワシントンにある非営利研究団体「アジア・ポリシー・ポイント」の代表ミンディ・カトラー氏に、下院国際関係委員会(現外交委員会)ヘンリー・ハイド議長のスタッフから連絡があったのは、昨年春のことだった。レイン・エバンス議員が提出した「慰安婦」決議案についてアドバイスして欲しいという依頼だった。自らも太平洋戦争のベテランであるハイド議長は、パーキンソン病のためにその会期をもって引退するエバンス議員が長年取り組んできた「慰安婦」決議を何とか通したいと、考えていたのだ。結局その決議案は、委員会で採決されたものの、共和党が多数派を占める下院本会議にかけられることはなかった。

民主党が上下両院で多数派となった2007年、エバンス議員の決議案を引き継ぐことになったのは、アジア太平洋系米国人議員連盟の代表を務め人権問題に長年取り組んできたマイケル・ホンダ議員だった。ホンダ議員は、カトラー氏に引き続き「慰安婦」決議案のために働いて欲しいと依頼した。カトラー氏は、今回は議会関係者が「慰安婦」問題を取り巻く政治的問題を充分に理解することを助けたいと考え、日本問題に詳しい国内外の歴史家・政治学者・政策専門家・安全保障問題専門家からなる学者チームを編成した。さらには日英両語に堪能な翻訳家も加わり、その結果、ホンダ議員の「慰安婦」決議案の作成には、この問題を深く理解する日・米・豪の人々からの貴重な提言が生かされることになった。これらの人々は、全員がボランティアだった。

このチームはホンダ議員のスタッフに、日本の歴史や政治プロセスについて説明し、これまで日本政府が「慰安婦」問題に関して一度も正式な謝罪をしていないことを、日本国憲法に規定された内閣の権限や関連文書を分析しながら解説した。また、決議案が提出された後に日本からどのような反応が帰ってくるかも予想し、それに備えるリサーチも進められた。その結果、決議案には、日本政府が1921年の「婦人及児童ノ売買禁止ニ関する国際条約」に署名したこと、また武力紛争が女性に与える特別な影響を認めた2000年の安保理「女性、平和と安全保障に関する決議1325号」を支持したことが付け加えられた。さらには、日本がこれまで人権・民主主義・法の遵守などを推進してきたことを称え、「アジア女性基金」の活動を説明し賞賛する文章が加えられた。しかし新たに、「最近、日本の私人・公人が1993年の河野談話の希薄化や撤回を望む発言をした」ことが挿入された。

カトラー氏のチームがまとめたリサーチは、その後ワシントンの日本大使館がホームページで決議案の問題点を列挙したとき、それらの一つ一つに反論をするために使われた。

大使館の主張は

1. 日本政府は「慰安婦」問題でこれまで何度も謝罪をしてきた。
2. 日本政府と日本国民は「アジア女性基金」を通して被害者のための事業をしてきた。
3. 「慰安婦」問題は日本の公教育の場で教えられている。

というもので、事実に基づかない「慰安婦」決議は日米関係を害すると結論付け、安倍首相が「河野談話」を再確認したことを伝えている。

(詳細は、http://www.us.emb-japan.go.jp/english/html/cw1.htm

それに対するカトラー氏の反論は以下のとおりである。

1.日本政府が「慰安婦」問題で既に謝罪をしたというのは誤りである。

政府の発言が明確で公式であるためには、次のいずれかでなければならない。

(1)国会で成立した法律。法律は、内閣総理大臣が内閣を代表して議案を国会に提出し(日本国憲法72条)、両院で可決され (日本国憲法59条)、主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣連署して成立する(日本国憲法74条)
(2)国会における閣僚の発言
(3)首相の外遊中に出された公式コミュニケ
(4)閣議決定された発言

現実には、(大使館のウエブサイトに示された)「河野談話」、1994年の「村山談話」、総理大臣から元慰安婦に送られた手紙のどれも、閣議決定を受けておらず公式謝罪とはなり得ない。閣議決定は、日本政府の公式な政策の最も明確な表明である。「慰安婦」問題に関しては、上記の条件は何一つ満たされていない。

(因みに、筆者がこれらの点について日本大使館に問い合わせると、「河野談話を含め、日本政府がこれまで累次行ってきたお詫びは全て公式なものである」という回答があった。大使館の回答は、辻本清美衆議院議員質問主意書に2007年3月16日付けで安倍首相が答えた「河野談話は、閣議決定はされていない」という返事に、触れていなかった。)

2.「アジア女性基金」の事業は称えられるべきだが、日本政府による事業ではない。
3.「慰安婦」に関する記述は日本の教科書から消えようとしている。
4.「慰安婦」決議の採択は日米同盟を傷つけるのではなく逆に堅固にする。

(詳細は http://www.jiaponline.org/resources/comfortwomen.html )

これらのリサーチ結果は、議会の有力議員、そのスタッフ、国務省ホワイトハウス、議会付属の調査会、そして全米主要紙の論説室にも配布された。カトラー氏は、「議員たちは、それらのリサーチの全ての内容を記憶することはなかったかもしれないが、少なくとも、慰安婦制度が国家によるものであったこと、日本政府が公式な謝罪を一度もしていないこと、の2点に関しては理解したと思う」と語る。

さらに重要なことは、カトラー氏が「慰安婦」問題は現代にもあてはまる人権問題であるという視点に立って、関係者に説明を続けたことだ。カトラー氏は、2月15日に下院アジア太平洋地球環境小委員会が開いた公聴会で、3人の元慰安婦に続いて次のように証言した。

「日本のケースは、今日の人道問題と戦時性暴力の理解の前例となります。将来の戦時性暴力を裁き防ぐための最も重要な手段は、性暴力・奴隷制、搾取の事実を認めるという前例を作ることです。日本軍の慰安所は、ボスニアルワンダニカラグアシエラレオネダルフールビルマなど、今日の戦争や市民紛争の議論で頻繁に取り上げられる性奴隷制・戦時性暴力・人身売買など全ての問題の前身ともいうべきものでした。」

4月3日には連邦議会属調査会(CRS)が「Japanese Military's “Comfort Women” System」と題する23ページのレポートを発表した。CRSは、中立の立場で連邦議員とそのスタッフのためだけに調査活動をする機関であり、その報告は議会関係者が政策立案をする際の基本的資料となる。一等資料・証言・これまで成された研究が紹介された上で、レポートは「慰安婦制度には、真の意味での任意という性格はほとんどなかったようだ」と結論づけた。さらに、「慰安婦」決議案の提出が日本でニュースになって以来の安倍首相の発言が、当初の「強制性についてそれを証明する証言や裏付けるものはなかった」から始まり「「河野談話を継承していく方針で、元慰安婦の方々に心から同情すると共に、元慰安婦の方々が極めて苦しい状況に置かれたことについてお詫びを表明している」というブッシュ大統領への電話での説明まで、全てリストされた。

CRSのレポートは、安倍首相の発言と、政府の調査では軍や政府によるいわゆる強制動員があったことを直接証明する文書は見つかっていないと今でも宣言する内閣との間に、矛盾があることも指摘した。

4月26日から27日にかけて訪米した安倍首相が議会指導者とブッシュ大統領に対して、「人間として首相として心から同情する。慰安婦の方々がそういう状況になったことに対して申し訳ない思いだ」と発言したことについても、カトラー氏は、日本語の言葉の正確な意味とその後の外務省の発表を基に、「謝罪」ではなかったと報告している。

6月14日には、日本の超党派国会議員有志や言論人グループがワシントン・ポスト紙に「事実」と題した意見広告を出し、(1)慰安婦の募集をめぐる「狭義の強制性」の否定(2)不当な募集を行った業者の処罰(3)インドネシアでオランダ人女性を強制的に慰安婦とした事件の処罰(4)元慰安婦らの証言に対する疑問(5)慰安婦の待遇、の5点を「事実」として掲げた。カトラー氏は数日のうちに、広告に名前を連ねた人々のバックグランドや活動をまとめ、安倍首相もこれらの人々とかつて行動を共にしていたことを説明したレポートを、関係者に配布した。

6月22日には加藤良三駐米大使が、「慰安婦決議案可決は日米両国の深い友好関係と信頼、広範囲な協力において長期的に良くない影響を及ぼすことは明らか」として、決議案が可決されれば米国の対イラク政策を支持してきた日本の方針が変わる可能性もあることを示唆する手紙を、ナンシー・ペロシ下院議長を含む下院指導層に送付した。下院外交委員会で決議案が可決されたのはその4日後の6月26日だった。ぺロシ議長は直ちに、「私は、下院本会議がこの決議案を通過させ、”慰安婦”の方々が味わった恐怖の体験を忘れない、という強いメッセージを発することを期待します。」という声明を出した。

加藤大使手紙: http://www.jiaponline.org/documents/KatoLetter22June07.pdf
(「アジア・ポリシー・ポイント」ウエブサイトから)

慰安婦」決議が下院本会議で採択されたのは、日本の参院選挙後の7月30日だったが、それは選挙に影響を与えないよう配慮されたためだった。また最終的に採択された決議には、自由政治・経済の維持推進、人権と民主政治の擁護、両国と世界の人々の繁栄を確保する、というアジア太平洋地域での共通する利益と価値に根ざした日米関係を確認する文章が加えられた。「謝罪」を要求する表現も若干やわらげられたが、「日本軍が若い女性に性奴隷制を強制したことについて、明確かつ曖昧でない形で、正式に認め、謝罪し、歴史的責任を受け入れるべきである」という決議のメッセージは揺るがなかった。

圧倒的だった韓国系市民の草の根運動 

アネット・ラントス夫人は、決議案の採択には韓国系市民団体の運動が大きな力になったと説明し、そのリーダーだったアナベル・パクさんにインタビューするよう筆者に勧めた。パクさんはボストン大学オクスフォード大学で学び、ドキュメンタリー製作者・作家・リサーチャー、「ニューヨーク・タイムズ」紙の戦略アナリストなど多彩な経歴を持つ女性だ。カトラー氏が率いた学者チームが「慰安婦」決議採択の理論的ベースを固めたとしたら、パクさんが組織した支援運動は、日本政府が毎月700万円も払って雇っていたロビイストに勝る力を発揮したと言える。                                                   
                   元”慰安婦”の李容洙さんを囲む支援者(左から2人目パクさん)

*日本政府のロビー活動に関する記事 
http://www.harpers.org/archive/2006/10/sb-cold-comfort-women-1160006345     
パクさんが決議案を支援しようと決心したのは、2月に開かれた下院での公聴会を傍聴したときだったという。パクさんは、前年のヴァージニア州上院議員選挙で、アジア系有権者の支援運動を組織して元海軍長官のジェームス・ウェブ氏の勝利に貢献していた。その時の経験を生かし、彼女はインターネットを使ったネットワーキングやユーチューブなどの新しいメデイアを徹底的に利用する運動を繰り広げた。そして短期間の間に、全米各地の韓国系市民団体・大学の学生組織・韓国系教会、さらにはフィリピン系市民団体、アムネスティ・インターナショナルなどの著名団体を含む全米200以上の組織からなるネットワーク「121連合」を作り上げ、自ら全米コーディネーターとなった。ワシントン慰安婦問題連合(WCCW)などの慰安婦問題と長く取り組んできた既存の団体も連合に加わった。

カトラー氏のチームがまとめたリサーチは、パクさんが開いたホームページ「Support 121」http://support121.org/?page_id=158 にも随時掲載されていった。「強制性を証明する証言や裏付けるものはなかった」という安倍首相の発言をアメリカの主要新聞がいっせいに非難した時も、それらの記事はホームページに掲載された。全米に張り巡らされた「121連合」の活動家たちは、それらの資料を携えてそれぞれの選挙区の下院議員を訪ね歩き、「慰安婦」決議案への賛同を依頼した。ロサンゼルス南部地区選出で、下院諜報共有テロリズム・リスク査定少委員会議長のジェーン・ハーマン下院議員を説得した弁護士のダニエル・リー氏は語る。

「私たちは、この決議案が究極的には人権・女性の権利の問題であり、日本バッシングではないと、強調しました。そしてその採択が、日米の友好関係に悪影響を与えることはないし与えるべきでもないと、付け加えました。ハーマン議員は、私たちが彼女の事務所にアプローチした当初から、この決議案についてもっと深く知りたがっていました。最初彼女は、この決議は微妙な問題であり、共同提案者になる前にあらゆる要素を検討してみたいと、表明しました。最終的に彼女は、この決議が本当に人権決議であることを理解しました。さらに彼女は、そのような決議が、スーダンダルフールで起こっているような女性や子供の搾取の問題に人々の関心を喚起できると感じたのです」

ラントス議長が6月17日、ロサンゼルスの韓国系市民団体の集会で、外交委員会が「慰安婦」決議案の審議と票決を6月26日に行う、と発言した時も、その映像が「Support 121」にすぐ掲載された。その中で、ラントス議長は、自分自身の決議案支持も表明し、数日後に共同提案者に名前を連ねた。「121連合」の運動が広がる中、共同提案者になる議員は毎週のように増加し、本会議での採決直前には167人にまで達した。
                                 
「121連合」には中国系活動組織も加わったが、必ずしも歩調が合った訳ではない、とパクさんは言う。

「私たちはGA(The Global Alliance for Preserving the History of WW II in Asia )のメンバーと協力し合おうとしましたが、彼らはそれほど親密なパートナーではありませんでした。決議案を通過させたいという目標は同じでしたが、活動のスタイルとメッセージに大きな違いがあり、そのことが効果的に一緒に活動することを妨げたのです。彼らは(GA幹部の)イグネーシャス・ディング氏が「強硬戦術」と呼ぶ戦術を取りたがっていましたが、私たちはそのような戦術には興味がありませんでした。『121連合』は、手紙戦術・署名運動・議員やそのスタッフとの面談といった、全く伝統的な草の根運動によるロビー活動に徹していました。私たちはこのやり方で167人の共同提案者を確保したのです。GAは、このような時間のかかる地道な活動には、あまり興味を示しませんでした。

メッセージに関して言えば、私たちはGAのメッセージに馴染めないものを感じました。彼らのメッセージは日本に焦点を当てているように私たちには感じられましたが、『121連合』は人権と女性の権利というこの問題の本質に焦点を当てていました。私たちは、GAのこれまでの活動と粘り強さと誠実さを心から尊敬しますが、どのような方法が効果的かという点で、意見が違ったのです」

パクさんたちの熱心な運動はラントス議長夫人アネットさんの心をも動かし、決議採択の日は、元慰安婦の李容洙さんと共にワシントンに集合した韓国系支援者のグループを、アネット夫人が下院本会議場を臨めるギャラリーに案内した。また、その夜ホンダ議員を囲んで開かれた祝賀パーティには、ぺロシ下院議長も顔を出して李容洙さんを抱きしめたという。

ナンシー・ぺロシ下院議長と李容洙さん
(写真提供:Jean Chung)


因みに、昨年末に引退したハイド議長は「慰安婦」決議採択のニュースに、心臓手術を受けた直後でありながら次のような声明を出した。

「太平洋戦争を戦った兵士として、昨年9月にこの決議案を多数採決した委員会の議長として、『慰安婦』決議の採択を歓迎します。女性や子供を戦場での搾取から守ることは、単に遠い昔の第二次大戦時の問題ではありません。それはダルフールで今まさに起こっているような悲劇的状況に関る問題です。『慰安婦』は、戦場で傷つく全ての女性を象徴するようになったのです」

慰安婦」決議を実現させたラントス外交委員会議長

今回の決議採択をめぐり、それを進めた議員たちが一貫して取った姿勢は、「日本はアメリカにとって重要な同盟国であり友人であるが、過去の過ちと真摯に向き合う重要性については発言していく」というものであった。そして、共和党の指導層・下院議長と調整し合いながら採択まで導く役割を果たしたのは、下院外交委員会のラントス議長だった。

議会で唯一人のホロコースト生還者であるラントス議長は、四半世紀以上に及ぶ議員生活で、アメリカが抱える数多くの外交問題に取り組んできた。2004年、アメリカの公人として30年ぶりに初めてリビアを公式訪問し、その後の両国の国交樹立に貢献した。2005年には北朝鮮も訪問し、「悪の枢軸国」とは対話をしないという姿勢だったブッシュ政権北朝鮮政策の変化を促した。現在は、イランを訪問して対話をスタートさせたい意向を繰り返し表明している。

しかし一方、中国・北朝鮮を含むあらゆる人権侵害を厳しく糾弾してきており、対話を通じた解決を求めながらも、普遍的な問題には決して信条を曲げない政治家といえる。ラントス議長は、同じくホロコースト生還者で幼馴染だったアネット夫人と共に1983年、下院人権問題議員連盟を設立している。その後超党派240人の議員が名を連ねる影響力の大きい議員連盟に発展したが、その間会長を務め、世界中の人権問題に関して数多くの公聴会を開いてきた。

ラントス議長は外交委員会での審議中、ワシントン・ポスト紙に掲載された「事実」広告を、被害者に泥を塗るものとして強く批判した。実はラントス議長は既に1999年10月、歴史問題に関する彼の懸念を日本政府に伝えている。当時の小渕敬三首相に宛てた書簡で、米政府が50年代に返還した731部隊に関する資料などの閲覧を要請していた米司法省に日本政府が非協力なことを指摘し、「貴政府が、旧日本軍と外交に関する公文書そして1945年までの期間の記録の一般公開に関して、抜本的に姿勢を変えることを強く求めます」と書いた。そして、戦争犯罪に関する資料を全て公開することが、「日本に名誉を取り戻し、日本が民主主義・真実・正義・そして開かれた社会を真に目指していることを、勇気をもって国際社会に示すことになるのです」と結んでいる。

ナチス占領下のハンガリーで16歳で強制労働に就かされたラントス議長は、第二次大戦世代に深い尊敬の念を抱いている。数年前に夫妻を訪ねた筆者は、当時下院国際関係委員会議長だった共和党のベン・ギルマン議員を紹介されたが、彼は太平洋戦争のベテランだった。彼の後を継いだハイド議長も、フィリピンで戦った太平洋戦争のベテランだった。ラントス議長は2人の前任者を「命を賭けて第二次大戦を終結に導いた真の愛国者」と呼び、共に働けたことは何よりの誇りだったと言う。同時に「日本と戦った彼らは、戦後の日本とアメリカのパートナーシップを築くことにも尽くしたステートマンであった」と称えている。アメリカの外交政策の要になる下院外交委員会が、このような人物に率いられるていることを、日本政府も認識しておくべきであろう。               
ギルマン元議長、ラントス議員夫妻 と筆者

慰安婦」決議案が採択された後、ラントス議長は筆者の質問に次のように答えてくれた。

― 加藤大使とイノウエ上院議員が、日米関係に悪影響を及ぼす「慰安婦」決議を採択しないように あなたに要請したことが、日本で広く報道されました。決議は日米関係を傷つけるものではないことを、日本国民にどのように説得なさいますか。

日米の強固な同盟関係と深い友好は、この半世紀の間に育まれてきたお互いへの尊敬を基にしています。両国は、広範な戦略上の利益を共有していますが、何より重要なのは、私たちが民主主義・自由経済そして人権という価値観を共有していることです。これらの共通の価値観ゆえに、第二次大戦中にいわゆる「慰安婦」になることを強制された女性たちを含む、世界中の人権侵害被害者のために声を上げなければならないのです。もし私たちが沈黙するなら、私たち両国の市民が共有する基本的な原則を破ることになってしまいます。

この決議は、日本の過去の政府の行為を罰しようというものではありません。そうではなく、日本の真の友人として、米議会は決議案121を通じて、これらの女性と日本の国が癒され未来に向かうために、日本が過去の困難な時期の出来事を全て公式に認めるよう、頼んでいるのです。そのような癒しの過程は、日本の人権擁護への取り組みを再確認するだけではなく、日本の隣国との関係を改善し、アジアと世界におけるリーダーとしての地位を強固にするでしょう。私たちが21世紀を生きていくに当たり、日本は世界の中で益々積極的な役割を果たしていくべきです。過去と真摯に向き合うことは、そのプロセスに役立ちますし、日米関係を弱めるどころか堅固にするのです。

― 先日、共産主義の犠牲者を追悼する記念碑がワシントンに完成したときに挨拶なさるお姿を見たのですが、同時期に、ロシア国会の外交員委員会メンバーをあなたの委員会に招かれましたね、イラクアフガニスタンの現状、イランの核問題、世界のエネルギー問題などに関して、米国・ロシアの議員が大変活発な意見交換をなさっていました。将来、日本の国会の外務委員会のメンバーをあなたの委員会に招待して、日米そして世界にとって重要な問題について率直な意見交換をしたいと思われますか。

日本で私と同じ仕事をしている外務委員会の方々と、世界が抱える問題や日米関係に関る個別の問題について意見を交換する対話の機会を、歓迎します。

慰安婦」決議採択が日本に問いかけるもの

人権問題として捉えられた「慰安婦」決議は超党派の支持を得て採択されたが、そこに込められたもう一つのメッセージは、第二次大戦の歴史観をめぐる最近の日本の状況を、米議会が憂慮しているというものだった。決議文の前書きも、日本国内に「慰安婦」の歴史を書き変えようとする動きがあることに触れており、ラントス議長も外交委員会での審議を始めるにあたり「一国の真の強さは、その国の歴史の最も暗い一章と向き合うことを迫られた時に試される」とした上で「戦後ドイツは正しい選択をしたが、一方日本は積極的に歴史健忘を推し進めている」と発言している。

米議会指導層の憂慮が「慰安婦」問題だけではなく、日本の歴史観そのものに向けられていることは、昨年9月下院国際関係委員会で開かれた公聴会で、ハイド議長が靖国神社遊就館の展示を批判したことからも窺える。彼は、「私たちの世代は、東京の遊就館博物館が日本の若者に、アジアでの第二次大戦は日本がアジア太平洋地域の人々を西欧の帝国主義から開放するために開始された戦いである、と教えていることに、困惑を覚えます。私はつい最近、韓国・フィリピン・シンガポールソロモン諸島を訪問してきたばかりですが、日本支配下での苦々しい経験を率直に述べる人はいたものの、日本帝国軍を解放者として懐かしんでいると私たちに告げた人は、これらの国々で唯の一人もいませんでした。この博物館で教えられている歴史は事実に基づいておらず、修正されるべきです」ときっぱりと述べている。ハイド議長は 小泉首相の訪米前にも、首相が上下両院の合同会議で演説するには、靖国神社に参拝しないと自発的に表明する必要がある、とする手紙を下院議長に送った。

遊就館の展示については、アメリカの主要新聞で何度か取り上げられて以来関心が高まり、その問題点も知られるようになってきている。筆者自身もこの半年ほどの間に、有力上院議員の上級スタッフやロサンゼルスに本部を置く国際的人権擁護団体の幹部を、靖国神社遊就館に案内する機会があった。複数の上院議員の下で25年以上のスタッフ経験を持つ友人は、見学した後で「歴史否定の組織化(institutionalization)だね」と筆者に感想をもらした。展示は英語でも説明してあり、彼のような感想を持って帰るアメリカ人は多いであろう。

イラク戦争が誤りであったことに多くの人々が気付いた今、武力ではなく、民主主義・人権擁護・法の遵守などの普遍的な価値に基づいた影響力を取り戻すことは、アメリカにとって急務となっている。ブッシュ政権の影響力が著しく低下している現状では、その仕事は当面議会が担っていくであろう。そしてテロリストやそれを擁護するグループに対して道義的優位に立つためにも、米議会はそれらの価値を曲げることは決してできないのだ。、来年の大統領選挙で誰が選ばれるにしろ、議会と協力して国際社会におけるアメリカの地位と影響力を再建することが、一番の外交課題であることは変わらないだろう。

重要な同盟国である日本が、これらの価値を共有する国として世界から、特にアジアの隣国から信頼されることは、アメリカにとってこれまで以上に重要となっている。日本が歴史問題のこじれゆえに、アジアでふさわしい影響力を持ち得ないでいる現在の状況を、米議会は深く憂慮しているのだ。

またアメリカ国内に目を向ければ、ブッシュ政権が歴史問題で日本を庇ってきたため、これまで解決されなかった元日本軍捕虜の問題がある。40%が死亡したほどの米捕虜への虐待に対して、日本政府も彼らを奴隷のように使った企業も、謝罪はおろか歴史的事実を認めることさえしていない。米公文書館には、捕虜に強制労働を課した日本企業のリストが保存されているが、その中には麻生前外務大臣の家族が所有していた炭鉱も含まれている。
(詳細は http://japanfocus.org/products/details/2432) 

戦時強制労働には、捕虜の他に中国や朝鮮半島から連行された何万人もの被害者がいる。「慰安婦」問題と同様、これまで多くの日本人歴史学者・弁護士・活動家が、この問題に正義ある解決と終結をもたらすために行動してきた。日本政府と企業に責任を問う彼らの法廷での戦いは敗訴が続いており、その要求は(米国内の訴訟で敗訴した)米捕虜と同様、「道義的」責任を問うものとなってきている。米議会は、自国の元捕虜による正義の追求を支援しなかったことが、結果的に、日本が戦時強制労働問題そのものを放置するのを許すことに繋がったのではないかと、気づくかもしれない。米議会が、「慰安婦」問題ばかりでなく全ての歴史問題を解決して欲しいと日本に望むことは、充分考えられる。

日本が、歴史問題に関して国際社会から求められていることは、決して難しいことではない。世界の他の地域が解決の糸口を見出すことさえ困難な問題に直面しているのに比べれば、歴史問題は、日本の政治家の決断ですぐ解決できることだ。そして「慰安婦」制度の被害者ばかりでなく、捕虜強制労働やアジアからの強制連行、さらには戦後のシベリア抑留の被害者も、日本政府が明確に歴史的責任を受け入れることを待っている。

加藤大使はぺロシ下院議長やラントス外交委員会議長に宛てた手紙に、「議会が慰安婦決議案を通すことは、日米関係を損ねたいと願う者を利するだけだ」と書いた。日本はもうそのような根拠も無い言い訳を止め、速やかに歴史問題を包括的に解決する作業を始めるべきではないか。日本の国会議員は一日も早く歴史問題を解決し、ラントス議長が呼びかけたように、世界が今直面している諸問題の解決についてこそ、アメリカ議会の同僚と論じ合うべきだと思う。


*この記事の英語版は http://japanfocus.org/products/details/2510

徳留絹枝バイリンガル・ウエブサイト「捕虜:日米の対話」の設立者・代表
http://www.us-japandialogueonpows.org/index-J.htm